大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)113号 判決

原告 ハリウツド株式会社

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

「特許庁が昭和三五年抗告審判第二、一六七号事件について、昭和三六年八月七日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求める。

第二請求の原因

一  原告は、昭和三〇年七月二七日特許庁に対し、筆記体で記載された「Hollywood」のローマ字の下に「ハリウツド」の片仮名文字を左横書きに併記して成る商標(以下本願商標という。)について、昭和三五年通商産業省令第一三号をもつて廃止された商標法施行規則第一五条の商品類別第三類香料および他類に属しない化粧品を指定商品として、登録の出願をしたところ、昭和三五年七月五日この出願に対し拒絶査定がされた。そこで、原告は、同年八月一五日この決定に対し抗告審判の請求をし、昭和三五年抗告審判第二、一六七号事件として審理されたが、昭和三六年八月七日抗告審判の請求は成り立たないとの審決がなされ、その審決の謄本は同月一〇日原告に送達された。

二 本件審決理由の要旨は、「本願商標は、その構成上記のとおり特殊な態様によるものでなく、普通一般に用いる筆法をもつてアメリカ合衆国カリフオルニア州南部ロスアンゼルス市北西部の地区を指称する『Hollywood』のローマ字に、当該文字の発音『ハリウツド』の片仮名文字を併記して成るものである。Hollywoodは……アメリカ映画撮影所の大部分があり、また西部のラジオ・テレビ放送の中心地であるほか、Max Factor Belugelのほか一〇数社が存在し化粧品の製造販売地としても著名である。たとえば、その代表的なものとしておそくとも昭和七年頃からすでにわが国においても世人に親しまれ且つ周知著名となつているアメリカ合衆国カリフオルニア州ロスアンゼルス市ノース・ハイランド・アヴエニユー一、六六六番マツクス・フアクター・エンド・コンパニーもその一会社に過ぎない。そして、化粧品に関し、たとえばMax Factor & Co.は自己の製品にHollywoodの語を使用し、わが国における東京・大阪という風に用いると同じ意味で常用するものである。そして、一般世人にもまたそのように化粧品の製造された場所の表示という意味で広く認識されている語である。しかして、Hollywoodの語を化粧品につきまたは関し、これを使用しても、それは単に化粧品の原産地または出所を意味するに過ぎないものというを商取引社会における経験則に徴し相当というべく、従つて本願の商標を日本において……製造された化粧品に使用するときは、あたかもアメリカ合衆国Hollywoodにおいて製造された商品であるかのように、世人をして該商品の生産地および品質について誤認混同を生じさせるに十分なおそれの大きいものといわざるを得ない。してみれば、本願商標は旧商標法(大正一〇年法律第九九号)第二条第一項第一一号の規定により、その登録を……拒否すべきものと認める。」なお、取引者および需要者の間においてハリウツドの称呼観念は広く認識されていて、原告の製造販売にかかる商品はハリウツドをもつて称呼されて来たとの原告の主張は採用できないというのである。

三  本件審決は、本願商標がつぎに述べるところから明らかなように商品の出所および品質について誤認混同を生ずるおそれがないのに、そのおそれがあるとした違法があり、取り消されるべきである。

(一)  審決は、米国のHollywoodが化粧品の産地として周知著名であるというけれども、そのような事実はなく、一般世人にもそのような産地としての認識は存しない。また、審決の指摘するマツクス・フアクター・エンド・コンパニーがその製品にHollywoodの語を使用していたとしても(その使用の事実は原告の知らないところである。)、それは、米国内のことであつて、わが国とは何の関係もないことであるし、また、同社が産地表示として使用しているものは、本願商標のような「Hollywood」と「ハリウツド」との併記文字ではない。しかも、本願商標が「Hollywood」の文字の下に「ハリウツド」の文字を横書き二段に併記して成るものである以上、この表示は、普通に使用される方法をもつてする産地表示の態様さえ有していない。それは、まさに商品標識としての商標である。Hollywoodの文字が生産地表示として使用されるとすれば、その一般的態様は英文字だけの構成によるのであつて、本願商標のように英文字と片仮名文字とを横書き二段に併記して生産地表示に使用するようなことはないからである。したがつて、本願商標は、登録を受けるについて具備すべき特別顕著性をその商標の構成自体において有している。

(二)  本願商標における「Hollywood」「ハリウツド」は、これまで商品化粧品に関し、同業者はもちろん一般世人において取引上普通に使用されたことがないばかりでなく、原告においては昭和初頭以来引続き、その製造販売にかかる商品化粧品につきまたはこれに関し、さかんにこれを使用して来たものであり、すでに取引者需要者間においてこれが原告の製造販売にかかる右商品を直感させるほどにきわめて周知著名になつているのであつて、いわゆる永年使用による特別顕著性を具備するにいたつている。

よつて、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

第三被告の答弁

一  主文同旨の判決を求める。

二  請求原因第一、二項の事実は認める。

同第三項の点は争う。原告の本訴請求は、請求原因第二項に摘示された本件審決の理由と同一の理由によつて、失当である。

第四証拠〈省略〉

理由

一  請求原因第一、二項の事実は、当事者間に争がない。

本件における争点は、原告の出願にかかる筆記体で記載された「Hollywood」のローマ字の下に「ハリウツド」の片仮名文字を左横書きに併記して成り、第三類香料および他類に属しない化粧品を指定商品とする本願商標が、旧商標法第二条第一項第一一号に規定する「商品ノ誤認又ハ混同ヲ生セシムルノ虞アルモノ」にあたるかどうかにあるので、以下にこの点を判断する。

二  本願商標における「Hollywood」が米国カリフオルニア州ロスアンゼルス市西部の地名Hollywoodに由来するものであることは弁論の全趣旨に徴し明らかであるところ、Hollywoodは、米国における大映画会社のほとんど全部がそこにその撮影所を有し、この映画の仕事の影響で、いんしんな映画都市であり、かつ、フランスのパリとともに世界の流行の中心にもなつていること、そして、わが国においてHollywoodの語に接するとき、一般世人は、ただちに右のようなHollywoodをきわめて容易に直観し連想することは顕著な事実である。一方成立について争のない乙第三号証およびこれと弁論の全趣旨とにより真正な成立の認められる乙第一号証の一ないし七ならびに弁論の全趣旨によれば、同ロスアンゼルス市ノース・ハイランド・アベニユー所在のマツクス・フアクター・エンド・コンパニー会社は、多年その製品である多種の化粧品にHollywoodの生産地表示をしてわが国で販売しており、同社の製品はわが国で相当額販売され周知となつていることが認められる。以上の各事実を総合して考えると、特段の事情の認められない本件では内国法人である原告会社がわが国において製造販売するものと認められる指定商品第三類香料および他類に属しない化粧品について本願商標を用いた場合、右指定商品が前記のように世界流行の中心として著名なHollywoodの地で生産されたもの、あるいはHollywoodにおける取引業者を経てわが国に輸入されたものと、一般需要者ことに地方のひとびとに誤られ、商品の誤認混同を生ずるおそれがあると認めるにじゆうぶんである。これは、右指定商品がきわめて広い階層と年齢の男女の間に種々の品にわたつて日常需要されるものであることを思い合わせればなおみやすいところである。成立について争のない甲第五二号証の一、二、およびこれらにより真正な成立の認められる甲第一五、一六号証中右認定に抵触する部分は、にわかに採用できない。

原告は、本願商標はその構成自体から普通に使用する方法による生産地表示ではないことが明らかであり特別顕著性を具備した商品標識としての商標であり、また、本願商標は原告が永年使用したことによる特別顕著性をも有し登録せらるべきであると主張する。けれども、商標の特別顕著性の問題は、その商標の使用により商品の誤認混同を生じさせるおそれがあるかどうかの問題とは別個のことに属し、たとえ商標としての特別顕著性が認められるとしても、その商標の使用により商品の需要者らに商品の誤認混同を生じさせるおそれがあるときは、当該商標は、旧商標法第二条第一項第一一号の規定により登録を受けることができないといわなければならない。そして、本件においては、前示のとおり本願商標の指定商品の需要者が商品の購買にあたつて商品に関し受けるであろう観念とその商品との間に錯誤の生ずるおそれがあり、それは、本願商標の構成が「Hollywood」「ハリウツド」と横書き二段に併記されていることによつても径庭を生じないことがこれまでの説示によつて明らかである以上、原告の主張はいずれも採るに由ないものといわなければならない。

三  右のとおりである以上、本願商標が旧商標法第二条第一項第一一号に該当し登録すべきものでないとした本件審決は、相当であり、その取消を求める原告の本訴請求は、理由がないから、これを失当として棄却することとし、なお、訴訟費用の負担について行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八九条を適用し、よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 関根小郷 入山実 荒木秀一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例